2014年7月14日月曜日

パク・ジェボム、実業家でありミュージシャン「アイドルは僕に似合わない服だった」


写真提供=AOMG
一時“トラブルメーカー”だと思われていたパク・ジェボムは、今は自身のレーベルを率いる立派な事業家で、自分で曲を作って歌うミュージシャンとして位置づけられている。今のパク・ジェボムはジェイ・パク(Jay Park)という名前でBeenzino、CRUSHなどヒップホップ系のミュージシャンたちと共に作業する時間が増え、自身の会社AOMGではGRAY、LOCOのようなヒップホップミュージシャンたちが新たに注目されている。もはやパク・ジェボムはアイドルグループのリーダーよりも、自身のレーベルのクルーを率いて自分が好きな音楽をやる姿がより自然である。パク・ジェボムを通じてアイドルのファンがヒップホップに流れ込んでいるという話まで出るほどだ。パク・ジェボムのこのような姿が後輩アイドルグループにとって先駆者的な姿となるかどうかはまだ分からないが、彼が自分の道を見事に歩んでいることだけは間違いない。世界5大ビーボーイ・フェスティバルの一つである「R16 KOREA 2014 WORLD B-BOY MASTERS CHAMPIONSHIP」(以下「R16 KOREA」)に広報大使として参加したパク・ジェボムとオリンピックホールの会場で会った。
―音楽が流れたら、体が自然に動くようだ。5歳からダンスを踊っていたと聞いたが、ビーボーイングにハマったきっかけは?

パク・ジェボム:幼い頃からテレビでダンスが流れたら、それを見ながら踊った。ビーボーイングは高校の時、正式に始めた。高校のヒップホップクラブ、韓国でいうとサークルのようなものでビーボーイングを始めた。本当にダンスに夢中になった。周りのビーボーイたちと仲良くなって練習室に行ったり、YMCAのような場所でも練習した。その時は本当にダンスに狂っていた。頭の中はビーボーイングのことしかなかった。常に新しいダンス映像を探して見たり、学校をさぼってダンスができる場所に行った時代だった。

―「R16 KOREA」に参加してビーボーイングを踊る映像を見た。どのようにして参加することになったのか?

パク・ジェボム:デビュー前から「R16 KOREA」にすごく関心が高かった。第1回が開催された2007年、僕はまだ練習生の時だったが、その時からこの大会に注目してきた。世界最高のビーボーイたちが集まる大会だからだ。最近は忙しくて昔のように毎日ビーボーイングをやることはできないが、その時は情熱が本当にすごかった。そして僕が歌手としてデビューした後、ビーボーイだったことが知られて、主催側が広報大使として僕を呼んでくれた。僕は本当に嬉しかった。僕が幼い頃から尊敬していたビーボーイたちと一緒に参加することができるからだ。

―「R16 KOREA」に選手としても参加した。

パク・ジェボム:本当に不思議な経験だった。僕が幼い頃から映像で見てきた兄さんたち、例えば“B-boyドキ”のような兄さんたちと一緒にチームを組んで「R16 KOREA」に参加した。幼い頃の偶像だったビーボーイたちと仲良くなって一緒に踊るというのは本当に素晴らしい経験だった。兄さんたちと一緒に振り付けを作ったり、一生懸命練習して韓国ベスト4まで上がった。


―本当に嬉しかったと思う。

パク・ジェボム:そうだ。実は僕はビーボーイングが好きなだけで、プロのビーボーイではない。でも、本当に好きだから「R16 KOREA」のような大会に一緒に参加したいと思う。まだビーボーイングに対する情熱が燃えているため、最近も時間があったらビーボーイングをやっている。僕がダンスに夢中だったあの時の感興を忘れられないからだ。今回の大会ではGamblerz Crewが一番楽しみだ。Gamblerz Crewは10年以上、世界最高レベルのビーボーイングを披露してきた。しばらく活動していなかったが、最近より強くなった姿でカムバックしたので期待が大きい。審査委員の中では、ドイツから来た伝説のビーボーイStormを尊敬している。年齢が幼くないのにもかかわらず、彼は本当にすべてのジャンルを完璧に消化する。それから、彼はすでに伝説になったのに大きい態度を取らず、謙遜して後輩を尊重する姿が素敵だ。

―難しかったビーボーイングの動作は?

パク・ジェボム:最初にビーボーイングを始めた時は“フリーズ”と“エアチェア”が大変だった。一つ惜しいのは、ビーボーイングを始めた時にパワームーブをちゃんと身につけなかったことだ。最初の頃、フリーズのようなフットワークを中心に練習して、今はパワームーブが上手くできないのが残念だ。ステージではパワームーブのような動作を見せた方がお客さんの反応がいい(笑)

―ビーボーイングをやっていたのに、2PMのような群舞を覚える時は違和感を感じなかったのか?

パク・ジェボム:同じダンスだから違和感はなかった。僕はビーボーイングだけでなくダンス自体に興味が高い。僕はダンサーだからだ。2PMの振り付けを覚えることは難しくなかった。

―最近、「ダンシング9」にマスターとして出演している。自分で一生懸命ダンスを踊るのと他人のダンスを審査するのは、気分が違うと思う。

パク・ジェボム:最初は少しぎこちなかった。実は僕はダンスを正式に習ったことがない。高校の時はただ好きで友達と一生懸命踊っただけだ。練習生の時にトレーニングを少し受けたりもしたが、基礎からちゃんと習ったわけではない。僕のダンスはフィーリングが中心だ。そして、「ダンシング9」には現代舞踊やバレエもあるので、果たして僕が審査してもいいのだろうかという心配もあった。

―「ダンシング9」でダンスを踊る映像が放送された。ストリートダンスのような自由な感じが素敵だった。

パク・ジェボム:それは休み時間に暇つぶしで踊ったダンスだった。「ダンシング9」は待ち時間が本当に長い。それで、マスター同士で退屈だからダンスでも踊ってみようかという話が出て、そこで踊った。僕はカメラで撮っていることを知らずにいたずらもしたのに、それが編集されて放送された。でも、素敵に編集してくれた(笑)

―先ほど、最近は以前ほどダンスを頻繁に踊れないと話したが。

パク・ジェボム:会社を立ち上げたので忙しくなった。他の歌手は作曲家に曲をもらったり、会社がコンセプトを決めてくれるが、今の僕は1から10まで全部自分で決める。曲を書いて、ミュージックビデオのコンセプトを決めて、振り付けを作って、アルバムのジャケットについても関与するなどとても忙しい。それでも時間がある時はビーボーイングをやる。面白いからだ。

―昨年10月に自力でヒップホップレーベルAOMGを設立して運営している。レーベルの運営はどうなのか?

パク・ジェボム:僕の音楽はどうせ僕が作るから、他の会社に入って色んな制約を受ける必要はないと思った。ただ自分がやりたい音楽を楽しくやって、実力のあるアーティストにチャンスを与えようと思ってレーベルを設立した。僕が好きな人たちとクルーとしての対等な立場で家族のようにやっていきたいと思って始めたことが、本当にそれが現実化された。今の段階では僕が計画したこと以上の結果物が出ている。うちの会社に属するGRAY、LOCOがこんなに短期間に良い反応を得るとは予想もしなかった。

―どうして自身のレーベルを立ち上げたのか?

パク・ジェボム:Sidus HQと契約が終わった後、しばらく悩んだ。最初は次の事務所の候補として3社ほどを考えていた。僕を引き取ってくれるかどうかは分からないが、個人的に考えた事務所はYG ENTERTAINMENT、Amoeba Culture、そしてILLIONAIRE RECORDSだった。最初、ILLIONAIRE RECORDSの方にこっそり話を切り出してみたが、「君ほどのスケールはうちの手には余ると思う」と言われた。それで、自分の会社を設立した。僕もILLIONAIRE RECORDSのように会社という概念よりは所属アーティストとクルーに近い関係を持つ事務所を作りたかった。僕が代表ではあるが、所属アーティストたちの音楽を尊重して家族のように過ごせる事務所がいいと思った。それで、昨年3月から計画を立てて色んな書類作業を終えた後、10月に立ち上げパーティーを開いて、すぐにGRAYのアルバム「Call Me Gray」をリリースした。

―最近GRAYの人気が高い。Beenzinoの後を次ぐ次世代ヒップホップスターの有力候補にあがっている。

パク・ジェボム:僕も驚くほどだ。GRAYは作曲を中心に活動してきて、今回アルバムを一枚出したのに人気が半端じゃない。色んなところからオファーがたくさん入っている。

―AOMG所属のミュージシャンたちはどうやって集まったのか?

パク・ジェボム:CRUSHの紹介でGRAYと知り合った。GRAY兄さんは音楽がすごく良くて顔もハンサムなのに所属事務所がなくて、「どうして事務所がないんだろう?一緒に働こう」と思った。それで、GRAYをAOMGの初のアーティストとして計画した。そして、幼い頃から僕とビーボーイングを一緒にやってきた友達チャチャ、BIGBANGのSOLの「I Need A Girl」や僕の「星」などを作ったチョングン兄さんを集めてスタートさせた。その次にGRAY兄さんの紹介でVV:D CREWのLOCO、YELLOWが入ってきた。みんなAOMGのクルーで、友達だ。みんな実力が優れているのもあるが、仲良い人と一緒に音楽をやるのが気楽なので、全員うちの会社に連れてきた。彼らは入ってきた後、僕のツアーに参加させた。顔も広められるし、ステージ経験を積み重ねることができるからだ。そして、ツアーにDJが必要になってDJ PUMPKIN兄さんと一緒にやったら相性がとても良くて、DJ PUMPKIN兄さんもAOMGのクルーとして一緒に働くことになった。Simon.D兄さんの場合は、元所属事務所との契約が終わって悩んでいる時に僕が提案した。Simon.D兄さんは少し悩んだが、うちの会社の雰囲気が好きですぐにオーケーした。


―歌手として活動しているのに、自らが代表を務めるのは大変じゃないのか?

パク・ジェボム:そうでもない。うちのアーティストは全員自分で自分の音楽を作るからだ。僕が特別に干渉することがない。みんな優れた実力で自分でやるから、僕はそれを包装することだけをやる。つまり、僕は制作を担当する。GRAY、LOCOの場合、僕よりステージ経験が少ないから、そういう面のアドバイスはする。他にも僕はグラビア撮影やアルバムジャケットの撮影の経験が豊かなので、ポーズなどのアドバイスをするぐらいだ。

―アイドルグループとしてデビューしたが、もう完全にヒップホップシーンに移った感じがする。

パク・ジェボム:実は僕はもともとヒップホップを追求していた。幼い頃からヒップホップだけ聞いていた。ヒップホップを見て聞いて育った。アイドルグループは僕に似合わない服だった気がする。もちろん、その時は僕に与えられた機会だから最善を尽くした。最近僕と知り合いになった人は、僕が以前アイドルだったことが想像しにくいと話す。同一人物のように見えないという。そして、僕もそう思う。今が自然で似合っていると言われて幸せだ。

―最近、パク・ジェボムを通じてアイドルのファンがヒップホップのファンになっているという話も出ている。

パク・ジェボム:僕が本当に望むことだ。ずっと同じ音楽だけが出続けると面白くない。みんな同じ作曲家に曲をもらって、似たコンセプトを繰り返していたら歌謡界は単調になる。だから、自分だけのカラーを持つアーティストがたくさん出て、多くのファンが彼らに熱狂してほしいと思う。僕が好きなZion.T、CRUSH、LOCO、GRAYのようなミュージシャンに注目してほしい。

―ニューアルバムはいつ頃を予定しているのか?

パク・ジェボム:本来は7月にニューアルバムをリリースしようと思ったが、延期になった。でも、夏が終わる前には出ると思う。最近、ニューアルバムの準備に夢中になっている。この間、アメリカでミュージックビデオを撮ってきた。今はニューアルバムのミキシングとマスタリングをしていて、振り付けを作っている。

0 件のコメント:

コメントを投稿