朝鮮時代は韓国映画に頻繁に登場する時代の一つだ。2014年だけでも、朝鮮の正祖の時代を描いた「逆鱗(The Fatal Encounter)」、正祖の祖父である英祖の時代を背景とした「思悼:8日間の記憶(Sado:The memory of 8days)」、哲宗時代を背景とした「群盜:民乱の時代(Group of Robbers)」が上映されたか、制作を控えている。
映画「逆鱗」の主人公「正祖」は、フランスの「太陽王」と呼ばれたルイ14世と比較される改革君主とされている。自ら万物を照らす月のような存在「万川明月主人奥翁(The Master of Ten Thousand Rivers and the Moon)」と名乗り、王の下に全てのものは平等だという意識を持っていた。従って、民族と直接対話を交わすコミュニケーション政治を実践したとされている。読書と執筆が習慣だった正祖は、50歳にもならない年齢で人生に幕を閉じたが、想像もできないほどの数多くの業績を残した。
100冊に上る『弘斎全書』という膨大な個人文集を残し、東洋・西洋の技術を基に「水原 華城(Suwon Hwaseong Fortress)」という計画都市を建設した。水原華城はユネスコ世界文化遺産に登録され、今も約200年前の姿をそのまま残している。特に、華城建設の最初から最後までの過程が細かく記録されたユネスコ記憶文化遺産『華城城役儀軌(Hwaseong seongyeok uigwe.A completion report for the building of Hwaseong Fortress)』は、彼の統治哲学を圧縮した労作と評価されている。正祖の在位期間は、国を変えようとする王と、特権をそのまま維持しようという官僚集団との葛藤が克明に現れていた時期だった。困難な過程を経て、やっと王位に就いた若き王と、長い経験を持つ老いた臣下たちとの葛藤は、多くの事件を生んだ。そうした正祖時代の記録が今日も反映され、映画にも影響を与えているのだ。
映画「思悼:8日間の記憶」は、父王英祖によって死に追いやられた思悼世子の物語を描いている。思悼世子(1735~1762)は幼い頃から賢いことで有名で、王に代わって国をうまく治めていた王位継承者だが、宮廷内の葛藤に巻き込まれて死んでしまう。彼の悲劇的な人生は、文学や映画、ドラマといった芸術作品で頻繁に取り上げられている。
「群盗」の背景である哲宗時代(1849~1864)はどうだろうか。外部世界と断絶された隠遁の王国を維持しようという国と、門戸開放を要求する西欧諸国とが激しく葛藤した時期だった。また、増大する人口に生産力が追いつかず、貧困を強いられていた時期でもあった。持つ者や政府に抵抗する民族の動きがかつてないほど盛んな時期だった。「群盗」は、両班(貴族階級)と官吏の腐敗・横行が極に達していた朝鮮哲宗13年、力のない民族の味方となり、社会を正そうと立ち上がった智異山の義賊たちの物語だ。
このように、朝鮮時代を背景とした作品が次々と制作されるのはなぜだろうか。まず、朝鮮時代は600年という長い歴史を持っている。それだけに「話の種」が豊富だ。特に、日々の国政を記録した『朝鮮王朝実録(the annals of the Joseon dynasty)』は、ストーリーテリングの宝庫だ。王の一挙手一投足や全国で起こる些細な出来事、ひいては自然現象まで、約500年間の出来事が細かく記録されている。現代でも真似のできないような膨大な記録は、多くの作品の素材としてとても魅力的だ。
そして、現代とは違い、両班、平民、奴婢に区分される身分制社会だったことだ。それぞれには厳格な身分と差別が存在していた。従って、葛藤を避けて通ることはできなかった。支配階級である両班に対する平民と奴婢の抵抗は頻繁に起こっていた。そうした動きが巨大な力を発揮し、近代化を迎える背景となった。
大韓民国の前の朝鮮は、21世紀とははっきり区分される王朝国家だった。しかし、当代の人物たちが抱えていた問題は、現代とそれほど大きな違いはない。いかに豊かで安全な国を築こうか、食糧問題・住居問題をいかに解決しようか、苦悩と葛藤の多い時期だった。こうした先の時代の経験が膨大な数の映像として再現され、現代の私たちに感動と教訓を与えている。
※朝鮮時代を背景にした映画
観相(文宗)
王の男(燕山君)
全禹治(中宗)
黄真伊(中宗)
雲を抜けた月のように(宣祖)
光海、王になった男(光海君)
神弓‐KAMIYUMI‐(仁祖)
春香秘伝:The Servant(淑宗)
1724妓房乱動事件(景宗)
永遠なる帝国(正祖)
スキャンダル‐朝鮮男女相悦之詞(正祖)
美人図(正祖)
炎のように蝶のように(高宗)
GABI/ガビ‐国境の愛‐(高宗)
朝鮮第22代王「正祖」の時代を背景に改革をめぐる宮廷内部の動きを描いた映画「逆鱗」(写真提供:オール・ザット・シネマ)
映画「逆鱗」の主人公「正祖」は、フランスの「太陽王」と呼ばれたルイ14世と比較される改革君主とされている。自ら万物を照らす月のような存在「万川明月主人奥翁(The Master of Ten Thousand Rivers and the Moon)」と名乗り、王の下に全てのものは平等だという意識を持っていた。従って、民族と直接対話を交わすコミュニケーション政治を実践したとされている。読書と執筆が習慣だった正祖は、50歳にもならない年齢で人生に幕を閉じたが、想像もできないほどの数多くの業績を残した。
100冊に上る『弘斎全書』という膨大な個人文集を残し、東洋・西洋の技術を基に「水原 華城(Suwon Hwaseong Fortress)」という計画都市を建設した。水原華城はユネスコ世界文化遺産に登録され、今も約200年前の姿をそのまま残している。特に、華城建設の最初から最後までの過程が細かく記録されたユネスコ記憶文化遺産『華城城役儀軌(Hwaseong seongyeok uigwe.A completion report for the building of Hwaseong Fortress)』は、彼の統治哲学を圧縮した労作と評価されている。正祖の在位期間は、国を変えようとする王と、特権をそのまま維持しようという官僚集団との葛藤が克明に現れていた時期だった。困難な過程を経て、やっと王位に就いた若き王と、長い経験を持つ老いた臣下たちとの葛藤は、多くの事件を生んだ。そうした正祖時代の記録が今日も反映され、映画にも影響を与えているのだ。
映画「思悼:8日間の記憶」は、父王英祖によって死に追いやられた思悼世子の物語を描いている。思悼世子(1735~1762)は幼い頃から賢いことで有名で、王に代わって国をうまく治めていた王位継承者だが、宮廷内の葛藤に巻き込まれて死んでしまう。彼の悲劇的な人生は、文学や映画、ドラマといった芸術作品で頻繁に取り上げられている。
「群盗」の背景である哲宗時代(1849~1864)はどうだろうか。外部世界と断絶された隠遁の王国を維持しようという国と、門戸開放を要求する西欧諸国とが激しく葛藤した時期だった。また、増大する人口に生産力が追いつかず、貧困を強いられていた時期でもあった。持つ者や政府に抵抗する民族の動きがかつてないほど盛んな時期だった。「群盗」は、両班(貴族階級)と官吏の腐敗・横行が極に達していた朝鮮哲宗13年、力のない民族の味方となり、社会を正そうと立ち上がった智異山の義賊たちの物語だ。
19世紀半ばの朝鮮時代を背景とした映画「群盗」。権力に抵抗する民衆の人生を描いている(写真提供:ショーボックス㈱メディア・フレックス)
このように、朝鮮時代を背景とした作品が次々と制作されるのはなぜだろうか。まず、朝鮮時代は600年という長い歴史を持っている。それだけに「話の種」が豊富だ。特に、日々の国政を記録した『朝鮮王朝実録(the annals of the Joseon dynasty)』は、ストーリーテリングの宝庫だ。王の一挙手一投足や全国で起こる些細な出来事、ひいては自然現象まで、約500年間の出来事が細かく記録されている。現代でも真似のできないような膨大な記録は、多くの作品の素材としてとても魅力的だ。
そして、現代とは違い、両班、平民、奴婢に区分される身分制社会だったことだ。それぞれには厳格な身分と差別が存在していた。従って、葛藤を避けて通ることはできなかった。支配階級である両班に対する平民と奴婢の抵抗は頻繁に起こっていた。そうした動きが巨大な力を発揮し、近代化を迎える背景となった。
大韓民国の前の朝鮮は、21世紀とははっきり区分される王朝国家だった。しかし、当代の人物たちが抱えていた問題は、現代とそれほど大きな違いはない。いかに豊かで安全な国を築こうか、食糧問題・住居問題をいかに解決しようか、苦悩と葛藤の多い時期だった。こうした先の時代の経験が膨大な数の映像として再現され、現代の私たちに感動と教訓を与えている。
※朝鮮時代を背景にした映画
観相(文宗)
王の男(燕山君)
全禹治(中宗)
黄真伊(中宗)
雲を抜けた月のように(宣祖)
光海、王になった男(光海君)
神弓‐KAMIYUMI‐(仁祖)
春香秘伝:The Servant(淑宗)
1724妓房乱動事件(景宗)
永遠なる帝国(正祖)
スキャンダル‐朝鮮男女相悦之詞(正祖)
美人図(正祖)
炎のように蝶のように(高宗)
GABI/ガビ‐国境の愛‐(高宗)
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